横浜と日刊新聞・その1

横浜の馬車道を海岸通方面へ進むと、日刊新聞発祥の記念碑を見ます。
昭和二十七年には神奈川県新聞社が創立二十周年に際して建てたものです。
碑面には明治四年に発行された「横浜毎日新聞」のレリーフがはめ込まれており、

「明治三年十二月十二日、わが国日刊新聞の鼻祖(元祖)
「横浜毎日新聞」(横浜活版社刊)はこの地で誕生した。
この新聞はまた、冊子型木版刷りの旧型から、
活字一枚刷りの現代型へと踏み切ったわが国最初の新聞であった。
これが発端となって、日本が大新聞国へと発展したことを思うと、
文明開化の窓口としての横浜の意義はきわめて大きい」

と記しています。

読売ジャイアンツ

読売ジャイアンツ(よみうりジャイアンツ、Yomiuri Giants、読売巨人軍)は、日本のプロ野球球団で、セントラル・リーグの球団のひとつ。日本に現存する中で最も歴史の長いプロ野球球団である。
親会社は読売新聞グループ本社。運営法人の商号は「株式会社読売巨人軍」である。

1931年、読売新聞社社長の正力松太郎が中心となってアメリカメジャーリーグ選抜軍を日本に招待し、
全日本軍や六大学を中心とした強豪大学チームとの試合を行い興行は成功を収めた。
これを受けて正力は再度のメジャーリーグ選抜軍の招待、特に前回かなわなかったベーブ・ルースの招聘を目論んだが、そこに1つの問題が発生した。
1932年に文部省(当時)が発令した野球統制訓令である。当時の日本は大学野球全盛であったがこの統制令によってメジャーリーグ選抜を招聘したとしても大学チームを対戦相手とすることはできなくなった。

言わずもがな、読売新聞が持っているプロ野球チーム。
好き嫌いはいろいろありますがね。

だっち君

だっち君(-くん)とは、読売新聞のマスコットキャラクター。

読売新聞のマスコットキャラクター。「コウモリによく似た森の住人」という設定。
父「であーる」、母「ざます」、弟「だっちょ」と共に暮らしており、
女の子の登場キャラクター「だち子」に惚れている。

元々、夕刊購読促進の為に生み出されたキャラクターで、
読売新聞のウェブサイトである「YOMIURI ONLINE」内の「よみかきの森」や、
「yorimo」内の「ヨリモキッズ with だっちくん」にて活躍中。
2009年4月2日(木)より、毎週木曜夕刊に挿絵として登場。

2008年3月をもって終了した読売新聞別刷りの「PR版スクープ」では、
4コマ漫画キャラクターとして活躍していた(当時の4コマ漫画は、
ウェブサイト「ヨリモキッズ with だっちくん」にて掲出中)。

また、絵本(『むてきのだっちくん』)にもなっており、
人と仲良くすることが無敵であるということを訴えかけている。

この他、読売新聞グループの中央公論新社が発行する「中公文庫」のイメージキャラクターにも「だっち君」が起用されている。


このだっち君もよく出てきます。
とはいえ、読売を取っていない人にはなじみがなさそうですが。

どれどれ

2004年1月、読売新聞の創刊130周年を記念して、アニメーション作家で映画監督の宮崎駿(スタジオジブリ)の作による、「目玉の中に忍び込む昆虫」を表した新マスコットキャラクターを発表。名前は、2004年7月、一般公募によって「どれどれ」という名前が付いた。

「大きな眼」は、将来を見通し、先見性を持って報道にあたる読売新聞の基本方針を示している。新聞を読んでいるのは活字を大切にする姿勢を、緑色は環境を大切にする姿勢を象徴している。
「どれどれ」は、旺盛な探究心、好奇心を象徴する言葉である。
2005年、スタジオジブリのプロデュースによる楽曲『どれどれの唄』(唄:拝郷メイコ)が発表され、
読売新聞の企業CMに使われた。
「どれどれの唄」は読売新聞各本社に電話した際、
部署に繋ぐ際の保留音にも採用されている。


あの宮崎駿氏が作ったなんて豪華だなぁ・・・
しかも「どれどれの唄」が保留音というのもすごいなぁ。

オーケストラ

財団法人読売日本交響楽団(よみうりにっぽんこうきょうがくだん、Yomiuri Nippon Symphony Orchestra, Tokyo)は日本を代表するオーケストラの一つ。
新聞社が母体となるオーケストラは、世界でもこの楽団だけである。


1962年4月に、読売新聞社、日本テレビ放送網、讀賣テレビ放送の3社が母体となって設立されたオーケストラ。
同年9月に最初の公演を開催した。1967年には、アメリカの著名なポップス指揮者であったアーサー・フィードラー指揮による初の海外公演(アメリカ・カナダ)を挙行した。1968年にはペンデレツキの「ルカ受難曲」日本初演で「芸術祭大賞」を、日本のオーケストラでは初めて得た。
1979年から1995年にかけてはゲンナジー・ロジェストヴェンスキーによるショスタコーヴィチの交響曲全曲演奏を世界で初めて同一オーケストラ、同一都市で成し遂げた。
1982年、1987年、1992年にはそれぞれ三善晃、武満徹、西村朗に作品を委嘱し世界初演を行った。2001年からは望月京など日本人若手作曲家の委嘱作品を毎年のように初演している。2002年にはワーグナーの「パルジファル」を日本では久しぶりに舞台上演。2003年には三島由紀夫の原作に基づくハンス・ヴェルナー・ヘンツェのオペラ「午後の曳航」を世界初演した。

名誉顧問にはなんと、高円宮妃久子様がいらっしゃいます。
現在日本テレビでのクラシック番組はないのですが、
インターネットの「第二日本テレビ」では定期演奏会の様子などが放映されています。